平成7年2月25日
(被災40日目)

甲 山 国 際 文 科 学 館
校 長 西 村 公 男

拝啓 時下益益ご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、このたびは、当校および小生に対し、早速に心暖まるお見舞いをいただき、さらにご厚志を賜り、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。

大震災以来はや五週を過ぎ、徐徐に日常生活を取り戻しつつあります。
最初の十日くらいまでは、お互いの無事を確かめ合って「よかった、ほんとうによかった」の一言が思わず涙でかすれ、新しい別の人間関係が形成されるようでした。
人人は、精いっぱい互いに譲れるだけ譲り合って肩を寄せあって生きているようでした。また、極度に悪い道路事情の為めに、信号無視・一方通行無視が常態であったにも拘らず、互いの安全に気遣い、交通事故は皆無といった状況でした。
そして、食料・飲料水の獲得に血眼となったのは、17日当日と翌日くらいで、19日以降ともなると人人はオニギリとパンとカップラーメンとに食傷気味となり、毛布・ジャージ姿からジーンズ・ジャンパー姿へと急速に変わってゆきました。

次の十日間は、それぞれの居場所の確保と復旧に忙殺されはじめ、少しずつ殺気だった雰囲気が生まれ、人人は極度の緊張感に疲れ、注意が散漫となり、譲り合う余裕を失ってゆきました。相変わらずの交通ルール違反は、あちらこちらで交通事故に結びつきだしました。
このころは、水道・ガス・電気が不通で、家財を失った人人が多かったせいもあって、下着・靴下などを求める人の列がみられました。

さらに次の十日ともなると、この緊急非常事態を日常のものとして受け入れ生活を構築する人人と、この事態に慣れ親しんでしまって埋没する人人ととに分かれはじめました。
道路は、我慢のできる範囲内で終日渋滞しつづける幹線と、生活の知恵的に開発された様様な抜け道とに色分けされ、共存併用されるようになりました。食料・衣料ともに必要なものは手にはいる生活が戻っているにも拘らず、トン汁やてっちり鍋の「1000食炊き出し」など日本中の善意はとどまるところを知らず、受け取る側は、余り物の衣料には目もくれず、ブランド物のおしゃれな被服だけを探し回る始末。倒壊した家屋、挫屈したビル、折れ曲がった電柱などの風景がずっーと前からそうであったかのような感覚で受け入れられ、ゾロゾロと電車から降りてくる観光客だけが背筋を寒くしながらカメラを向けている、といったアンバランスな状態が続いています。

さて、当方はといえば、小生自宅は相変わらず水道・ガスが不通という不便な状態が続いて、毎日毎日の水汲み生活にいささか以上辟易しながらも、夙川地区の惨状を思い、天災地変がゆえ止むを得ぬこととあきらめ、また2月25日から実施された国道2号線の交通規制という官僚・警察の横暴に怒り心頭、学校の「学生募集」は中盤戦から後半戦へと移りつつあるのですが、ここにきて出願はパタリと止まって神経の休まることがありません。そして、生来の筆無精、ご無沙汰ばかりいたしておりましたにもかかわりませず、多くの方方からの心暖かいお見舞いや励ましの電話やお手紙によって、気を持ち直している現状です。ほんとうにありがとうございました。重ねて茲許御礼申し上げます。

末尾ながら、ご自愛の程心よりお祈り申し上げます。

敬具

追伸
賜りましたご醵金は、別紙の通り、被災した当校学生への奨学金として使わさせていただく予定でありますので、ご了承賜りますようお願い申し上げます。


表紙に戻る
前ページに戻る
次ページに進む

西村公男 Nishimura Kimio
E-mail nishimura@aicoh.ac.jp